このプロジェクトについて
"Le Petit Prince"という作品を知っていますか?
フランスの作家アントワーヌ・サン=テグジュペリが書いた挿絵付きの童話で、日本では故内藤濯先生がつけた、「星の王子さま」という素敵なタイトルで知られています。
2005年には、原文の著作権保護期間が終了し、日本でもたくさんの新訳が発売されました。
そんな中、大学でフランス語をかじっていた僕も、自分なりにこの作品を翻訳してみました。
タイトルは、原文により忠実な、「ちっちゃな王子さま」。
このプロジェクトは、「ちっちゃな王子さま」を、毎週日曜日にちょっとずつ、メールで配信するものです。
ときどきお休みがあるかもしれませんが、基本の翻訳は最後まで済んでいるので、中断せずにお送りできると思います。
メールはテキスト形式で、挿絵の画像ファイル(jpg形式)を、数点、添付します。
パソコンで受信されるのをおすすめしますが、スマートフォンや、普通の携帯電話でも、問題なく見られると思います。
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記事のバックナンバーは下記から。
7
五日目。
ちっちゃな王子さまのくらしの中のひみつがひとつ、これまたヒツジのおかげで、明らかになった。彼は、なんの前置きもなしに、いきなりぼくにひとつの質問をしたんだ。それは、彼が長いことだまって考えてきたことだった。
「ヒツジが、小さな木を食べるってことはさ、花も食べちゃうの?」
「見つけたものならなんだって食べちまうよ」
「トゲのある花でも?」
「ああ。トゲのある花でも、だよ」
「だったらトゲはさ、トゲは、いったいなんのためにあるの?」
ぼくはそんなことは知りやしなかった。ちょうどそのときは、かたくしまりすぎたエンジンのボルトを外そうといっぱいいっぱいだったんだ。もしかしたらこの故障がひどく深刻なものなんじゃないかと思いはじめていたころでもあり、今にも底をつきそうな飲み水は、ぼくに最悪の事態を想像させてもいた。
「ねぇ、トゲは、なんのためにあるの?」
ちっちゃな王子さまは、一度はじめた質問を絶対にあきらめない。ぼくはボルトのせいでいらいらしていたから、でたらめに言ってやったんだ。
「トゲなんてのは、なんのためにもなりゃしないよ。あんなのはただの、花の嫌がらせだよ!」
「ええっ!」
少しだまりこんだあと、彼はぼくにうらみがましい視線を向けてきた。
「なんてこと言うんだよ、信じらんない! 花たちってのはかよわいんだよ。すごくすごくせんさいなんだ。彼女たちはきっと、できるかぎり安心したいと思ってるにちがいないんだ。自分たちのトゲのことでさえ、おそろしく思っているんだ……」
ぼくは返事をしなかった。ちょうどその瞬間は、(もしこのボルトがまだ外れないようなら、かなづちで一発ぶんなぐってやるぞ!)なんてことを考えていたところだったからだ。するとちっちゃな王子さまは、またしてもぼくの考えをさえぎった。
「なのに君はさ、君はそんなふうに考えるっていうの? 花たちが……」
「あーちがうちがう! なんにも考えちゃいないよ! ぼくは、今いそがしいんだよ。もっとずっと重要なことで、頭がいっぱいなんだよ!」
彼は、あきれた顔でぼくを見つめたんだ。
「ずっと重要なこと、だって?!」
彼が見たのは、ハンマーを手にして、指を油でよごし、彼にとってはひどくみにくく見える物体の上にかがみこんでいるぼくのすがただった。
「君の話し方って、まるで大人たちみたいなんだね!」
その言葉にぼくは、少しはずかしいきもちになった。だけど彼は、手厳しくもさらに、こうつづけたんだ。
「君はなにもかもまちがえてる……ぜんぶごちゃごちゃにしてるんだ!」
彼は、本当に怒っていた。黄金色の彼の髪が、ゴウッと逆立つくらいに。
「ボクの知っている星にね、『赤男』ってよばれてる人がいた。その人ときたら、花の香りをかいだことも、星をながめたことも、だれかを愛したこともなかった。『足し算』以外は、なにひとつしたことがなかったんだ。それで毎日毎日、君みたいに『ああ、私は真面目な人間だ! 私は真面目な人間だ!』ってくり返しては、いばりちらしていたんだよ。あんなのはね、人間じゃない。あんなのは、キノコだよ!」
「なんだって……?」
「キノコ!!」
ちっちゃな王子さまは今や、怒りのあまり真っ青になっていた。
「何百万年も前から、花たちはトゲを生やしてる。そしてやっぱり何百万年も前から、ヒツジは花を食べてるんだ。なのに、花たちがたいへんな思いをしてまでなんの役にも立たないトゲを生やしつづけているのがなぜか、ってことを知ろうとすることが重要なことじゃない、って? ヒツジと花の戦いなんてのはたいせつなことじゃないって言うの? 太っちょ赤男の足し算なんかよりも重要で、たいせつなことではないって、君はそう思うの? もしもボクが、ボクがね、世界中でたったひとつだけしかない花のことを知ってたとする。それは、ボクの星以外のどこにもないものなんだ。それがもしかしたら、ある朝ボクが気づかないうちに、ちっちゃなヒツジ一匹にあっという間に全滅させられちゃうかもしれないってのに、それが、そのことが、たいせつなことじゃないって?!」
彼は、真っ赤になってこうつづけた。
「だれかが、何百万の星の中にある何百万の花たちのうちの、たったひとつだけの花を愛していたとすると、彼はその何百万もの星を見つめるだけでしあわせを感じられるんだ。彼はこう思う。『ああ、このどこかに、私の花があるんだ……』って。だけど、もしヒツジが、その花を食べちゃったとしたら、それは彼にとって、突然、全部の星がパッと消えちゃったみたいなものなんだよ! それでもそれが、たいせつじゃないって?!」
もうそれ以上はなにも言えなかった。はれつするように、急にワーッと泣き出しちゃったからだ。
いつの間にか、夜があたりをつつんでいた。
ぼくは、手にもっていた工具を放りすててしまった。ハンマーもボルトも、のどのかわきも、死ぬことさえも、どうでもよかった。ここに、この星に、ぼくの故郷である地球の上に――ちっちゃな王子さまをなぐさめるということ、ただそれだけがあった。
ぼくは両腕で、彼をつつみこんだ。それから、ゆっくりと揺らしてやる。ぼくは彼に語りかけた。
「大丈夫、君が愛している花は、大丈夫だよ……ぼくが君のヒツジに、口輪を描いてあげるから……それから、君の花にはおおいも描いてあげよう……それから、ぼくが……ぼくが……」
ぼくはもう、なにを言えばいいのかわからなかった。自分がひどくもどかしかった。どうしたら彼の想いにたどりつけるのか、よりそうことができるのかがわからなかったんだ……。涙の世界は本当に、神秘的なものなんだ。
メルマガ第6号配信しました~!
たいへん間が開いてしまいました……。
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6
ねぇ、ちっちゃな王子さま。ぼくはね、こうしてちょっとずつ君の、ささやかで、感傷的な人生のことを、知っていったんだよ。君は、長い間ずっと、しずんでいく夕日の優しいすがたに、さびしい気分をまぎらわしてきたんだね。ぼくが、そのことについてくわしく知ったのは、四日目の朝に、君がこう言ったときだったね。
「ボクね、しずんでいく夕日を見るのが、とっても好きなんだ。ねぇ、夕日を見に行こうよ」
「……それなら、待たなくっちゃ」
「待つ、って何を?」
「夕日を、だよ。日がしずむのを待つのさ」
君は、はじめ、きょとんとした顔になって、それから、ひとりでに笑い出したんだ。そしてこう言ったね。
「自分ちにいるみたいに、考えちゃったよ!」
そうなんだ。みんなも知っての通り、アメリカで空のてっぺんにお日様があるとき、フランスではしずんでる。一分でフランスに飛んでいければ、すぐに夕日を見ることができるってわけ。でも残念ながら、フランスは遠すぎる。
けれど、君のちっちゃな星の上では、いすをほんのちょっとを引くだけでいい。たったそれだけで、君が望むかぎり何度でも、夕日を見ることができるんだよね。
「ある日なんかね、43回も夕日を見ちゃったんだよ!」
少しあとで君は、こうつけ加えたんだったね。
「ねぇ……すごくすごくかなしい気分のときって、夕日が恋しくなるものだよね……」
「じゃあ、その日は、43回分もかなしかったのかい?」
王子さまは、答えなかったんだ。
5
日を追うごとにぼくは、彼の星のこと、旅立ちのこと、そして彼の旅のことを知っていった。それらは、彼のばらばらな思考の中から、少しずつ見えてきたものだった。
そして三日目には、ぼくは「バオバブの恐怖」について知ることになる。それを知ったのはやっぱり、ヒツジのおかげだったと言える。ちっちゃな王子さまがいきなり、真剣に思いなやんだようすで、ぼくにこうたずねたからだ。
「ヒツジが小さな木を食べる、ってのは、ホントのホントだよね?」
「ああ、本当だよ」
「よかった! うれしいなぁ!」
ヒツジが小さな木を食べることが、どうしてそんなに重要なのか、ぼくにはわからなかった。すると、ちっちゃな王子さまは、こうつづけたんだ。
「ってことは、バオバブも食べる、ってことでしょ?」
ぼくは王子さまに、バオバブは小さな木なんかじゃない、教会の建物とおんなじくらいのどでかい木で、たとえゾウの群れを丸ごと一個連れてきたところで、バオバブ一本さえ平らげられやしないだろう、と教えてやった。
王子さまはおかしそうに笑った。「ゾウの群れを丸ごと一個」ってのが面白かったみたいだ。
「あはは! そんなの、上にどんどん乗っけてかなくちゃならないや!」
それから、訳知り顔で、こんなふうに言ったんだ。
「バオバブだってね、おっきくなる前の、はじめはちっちゃいんだよ」
「そりゃあ、確かにそうだ! だけど、それじゃあどうして君は、ヒツジにちっちゃなバオバブを食べさせたいんだい?」
「そんなのさぁ……わかるでしょ?」
彼はさも当然のことだとばかりに、そう言ってのけた。だからぼくは、その答えを一人で見つけだすために、ずいぶんと頭をひねんなくちゃならなかった。
つまりは、こういうことだったんだ。
ちっちゃな王子さまの星には、あらゆる星でそうであるように、いい草と、悪い草とがあった。つまりは、いい草のいい種と、悪い草の悪い種とがあったわけだ。ところが、種ってのは目に見えない。種は、目を覚ます気になるまで、土の中でひそかに眠り続ける……それからうーん、と伸びをして、おずおずと、はじめはうっとりするほどきれいなあどけない芽を、太陽にむかって伸ばすんだ。
それが赤カブやバラの新芽だったのなら、伸びるままにさせておけばいい。だけど、それがもし悪い草だったら、そうだと気がついた矢先に、すぐに引き抜かなくっちゃならないんだ。
ちっちゃな王子さまの星に、おそろしい種があった……それは、そう、バオバブの種だったんだ。星の土には、バオバブがはびこってしまっていた。バオバブってのは、対応するのがおそすぎると、もう、どうしたってとりのぞけなくなってしまうものなんだ。それは、星じゅうに広がって、あらゆる場所をふさぐ。星に、根っこをぐさりと突き刺す。もしも星が小さすぎたら、そしてバオバブが多すぎたら、もはやそれは、星をはれつさせちゃうだろう。
「これはね、規則正しさの問題なんだよ」
あとになって、ちっちゃな王子さまはぼくにそう言った。
「朝、身じたくがすんだら、星の身じたくをしなくちゃならないんだ。バオバブの小さいときはバラの木にそっくりだから、見分けがつくようになったら直ちにとりのぞくように、自分にしっかりと言い聞かせておくんだ。それはわずらわしい仕事ではあるけど、でも、すごくかんたんなことなんだよ」
そうしてある日彼は、ぼくの故郷の子どもたちがこのことをしっかりと頭に入れておけるように、ひとつ、身を入れてちゃんとした絵を描いてみないか、とぼくに勧めてきたんだ。
「いつか旅に出たときに、役に立つかもしれないよ」
彼はぼくに言った。
「ときには、仕事を後に残しておいたってそれほど問題じゃない、ってこともあるだろう。でも、ことバオバブに関しては、そうすることはいつもおそろしい災難をまねくんだ。ボクはね、ひとりのなまけ者が住んでいる星を知っている。彼は、三つの小さな木をそのまんまにしてたんだけど……」
ちっちゃな王子さまにうながされて、ぼくはその星の絵を描いた。
ぼくはね、お説教じみたことを口にするのは好きじゃない。だけど、バオバブの危険はほとんど知られていないし、もし小さな星の中で道に迷った人がいたりしたら、そういう危険は無視できないものになるにちがいないから、一度っきりの例外として、言っておこうと思う。
「子どもたち! バオバブに気をつけなさい!」
ぼくもみんなも知らないでいた、ぼくらのすぐすれすれのところにある危険をみんなに警告するために、ずいぶんと苦労してこの絵を描きあげたんだ。この教訓には、それだけの価値はあると思ってる。
君たちはたぶん、不思議に思っているだろうね。
「どうしてこの本の中で、このバオバブの絵ほど立派なのがほかにないんだろう?」って。
答えはかんたんだ。ほかのも立派に描こうとしてみたけれど、できなかったんだ。
なにせ、バオバブを描いているときは、さしせまった思いにかりたてられて、必死だったからね。