「ちっちゃな王子さま」(新訳:星の王子さま)メルマガ配信プロジェクト

「星の王子さま」の邦題で知られる、Antoine de Saint-Exuperyの名作、"Le Petit Prince"を、独自に翻訳した「ちっちゃな王子さま」を、毎週少しずつお送りする、メールマガジンプロジェクト。是非登録を!

5

 日を追うごとにぼくは、彼の星のこと、旅立ちのこと、そして彼の旅のことを知っていった。それらは、彼のばらばらな思考の中から、少しずつ見えてきたものだった。
 そして三日目には、ぼくは「バオバブの恐怖」について知ることになる。それを知ったのはやっぱり、ヒツジのおかげだったと言える。ちっちゃな王子さまがいきなり、真剣に思いなやんだようすで、ぼくにこうたずねたからだ。
「ヒツジが小さな木を食べる、ってのは、ホントのホントだよね?」
「ああ、本当だよ」
「よかった! うれしいなぁ!」
 ヒツジが小さな木を食べることが、どうしてそんなに重要なのか、ぼくにはわからなかった。すると、ちっちゃな王子さまは、こうつづけたんだ。
「ってことは、バオバブも食べる、ってことでしょ?」
 ぼくは王子さまに、バオバブは小さな木なんかじゃない、教会の建物とおんなじくらいのどでかい木で、たとえゾウの群れを丸ごと一個連れてきたところで、バオバブ一本さえ平らげられやしないだろう、と教えてやった。
 王子さまはおかしそうに笑った。「ゾウの群れを丸ごと一個」ってのが面白かったみたいだ。
「あはは! そんなの、上にどんどん乗っけてかなくちゃならないや!」

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 それから、訳知り顔で、こんなふうに言ったんだ。
バオバブだってね、おっきくなる前の、はじめはちっちゃいんだよ」
「そりゃあ、確かにそうだ! だけど、それじゃあどうして君は、ヒツジにちっちゃなバオバブを食べさせたいんだい?」
「そんなのさぁ……わかるでしょ?」
 彼はさも当然のことだとばかりに、そう言ってのけた。だからぼくは、その答えを一人で見つけだすために、ずいぶんと頭をひねんなくちゃならなかった。
 つまりは、こういうことだったんだ。
 ちっちゃな王子さまの星には、あらゆる星でそうであるように、いい草と、悪い草とがあった。つまりは、いい草のいい種と、悪い草の悪い種とがあったわけだ。ところが、種ってのは目に見えない。種は、目を覚ます気になるまで、土の中でひそかに眠り続ける……それからうーん、と伸びをして、おずおずと、はじめはうっとりするほどきれいなあどけない芽を、太陽にむかって伸ばすんだ。
 それが赤カブやバラの新芽だったのなら、伸びるままにさせておけばいい。だけど、それがもし悪い草だったら、そうだと気がついた矢先に、すぐに引き抜かなくっちゃならないんだ。
 ちっちゃな王子さまの星に、おそろしい種があった……それは、そう、バオバブの種だったんだ。星の土には、バオバブがはびこってしまっていた。バオバブってのは、対応するのがおそすぎると、もう、どうしたってとりのぞけなくなってしまうものなんだ。それは、星じゅうに広がって、あらゆる場所をふさぐ。星に、根っこをぐさりと突き刺す。もしも星が小さすぎたら、そしてバオバブが多すぎたら、もはやそれは、星をはれつさせちゃうだろう。
「これはね、規則正しさの問題なんだよ」
 あとになって、ちっちゃな王子さまはぼくにそう言った。
「朝、身じたくがすんだら、星の身じたくをしなくちゃならないんだ。バオバブの小さいときはバラの木にそっくりだから、見分けがつくようになったら直ちにとりのぞくように、自分にしっかりと言い聞かせておくんだ。それはわずらわしい仕事ではあるけど、でも、すごくかんたんなことなんだよ」

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 そうしてある日彼は、ぼくの故郷の子どもたちがこのことをしっかりと頭に入れておけるように、ひとつ、身を入れてちゃんとした絵を描いてみないか、とぼくに勧めてきたんだ。
「いつか旅に出たときに、役に立つかもしれないよ」
 彼はぼくに言った。
「ときには、仕事を後に残しておいたってそれほど問題じゃない、ってこともあるだろう。でも、ことバオバブに関しては、そうすることはいつもおそろしい災難をまねくんだ。ボクはね、ひとりのなまけ者が住んでいる星を知っている。彼は、三つの小さな木をそのまんまにしてたんだけど……」
 ちっちゃな王子さまにうながされて、ぼくはその星の絵を描いた。

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 ぼくはね、お説教じみたことを口にするのは好きじゃない。だけど、バオバブの危険はほとんど知られていないし、もし小さな星の中で道に迷った人がいたりしたら、そういう危険は無視できないものになるにちがいないから、一度っきりの例外として、言っておこうと思う。
「子どもたち! バオバブに気をつけなさい!」
 ぼくもみんなも知らないでいた、ぼくらのすぐすれすれのところにある危険をみんなに警告するために、ずいぶんと苦労してこの絵を描きあげたんだ。この教訓には、それだけの価値はあると思ってる。
 君たちはたぶん、不思議に思っているだろうね。
「どうしてこの本の中で、このバオバブの絵ほど立派なのがほかにないんだろう?」って。
 答えはかんたんだ。ほかのも立派に描こうとしてみたけれど、できなかったんだ。
 なにせ、バオバブを描いているときは、さしせまった思いにかりたてられて、必死だったからね。

6

 ねぇ、ちっちゃな王子さま。ぼくはね、こうしてちょっとずつ君の、ささやかで、感傷的な人生のことを、知っていったんだよ。君は、長い間ずっと、しずんでいく夕日の優しいすがたに、さびしい気分をまぎらわしてきたんだね。ぼくが、そのことについてくわしく知ったのは、四日目の朝に、君がこう言ったときだったね。
「ボクね、しずんでいく夕日を見るのが、とっても好きなんだ。ねぇ、夕日を見に行こうよ」
「……それなら、待たなくっちゃ」
「待つ、って何を?」
「夕日を、だよ。日がしずむのを待つのさ」
 君は、はじめ、きょとんとした顔になって、それから、ひとりでに笑い出したんだ。そしてこう言ったね。
「自分ちにいるみたいに、考えちゃったよ!」
 そうなんだ。みんなも知っての通り、アメリカで空のてっぺんにお日様があるとき、フランスではしずんでる。一分でフランスに飛んでいければ、すぐに夕日を見ることができるってわけ。でも残念ながら、フランスは遠すぎる。
 けれど、君のちっちゃな星の上では、いすをほんのちょっとを引くだけでいい。たったそれだけで、君が望むかぎり何度でも、夕日を見ることができるんだよね。
「ある日なんかね、43回も夕日を見ちゃったんだよ!」
 少しあとで君は、こうつけ加えたんだったね。
「ねぇ……すごくすごくかなしい気分のときって、夕日が恋しくなるものだよね……」
「じゃあ、その日は、43回分もかなしかったのかい?」
 王子さまは、答えなかったんだ。

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